産業技術大学院大学の「情報アーキテクチャ専攻」というコース名について

on 2020-02-28 by 石橋秀仁 (Hide Ishi)

後発者がすでに普及している言葉の意味を簒奪しようとする。傲慢だ。 これは「情報アーキテクチャ」ではない。

産業技術大学院大学1情報アーキテクチャ専攻というコースがある。私は情報アーキテクトを名乗っているから、気になってカリキュラムを調べてみた。そしたら全然別物だったので驚いた。彼らのいう「情報アーキテクト」は、情報処理推進機構(IPA)が管轄するIT人材のスキル体系の中に位置付けられている。要するに彼らの「情報アーキテクト」とはエンジニアのことだ。それは伝統的に「情報アーキテクト」と呼ばれてきた職種とは異なる。

「情報建築家」を初めて名乗ったのはリチャード・S・ワーマンだ。1976年のアメリカ建築家協会(The American Institute of Architects, AIA)のカンファレンスでのことだった。その後、1990年代に松岡正剛が日本にワーマンを紹介した。『理解の秘密』『それは「情報」ではない。』は日本でも読まれた。ちなみに、ワーマンは、みんな知ってるTEDの創設者だ。(ただし、みんなが知ってるTEDは、ワーマンがアンダーセンに譲渡したあとのTEDであって、ワーマンのTEDではないのだが)

(やはり、このへんをちゃんとウィキペディア日本語版「情報アーキテクチャ」に書いておくか。ずっと後回しにしてきた宿題だ)

ともかく、こういう本来の文脈において、情報アーキテクチャという概念は以下のように説明されている:

情報アーキテクチャとは、物事を分かりやすくするために部分々々をどのように整理すればいいか意思決定する実践だ。 (nformation architecture is the practice of deciding how to arrange the parts of something to be understandable.)

情報アーキテクチャ(IA)は、我々が利用するウェブサイトや、ダウンロードするアプリやソフトウェアや、目にする印刷物や、さらには我々が時を過ごす物理的な空間に至るまで、あらゆるところに存在する。 (Information architectures (IAs) are in the websites we use, the apps and software we download, the printed materials we encounter, and even the physical places we spend time in.)
[via Information Architecture Institute]

情報アーキテクチャ(IA)は人々によって共有されている情報環境の構造設計である。ユーザビリティ(使いやすさ)やファインダビリティ(見つけやすさ)を高めるために、ウェブサイトや、イントラネットや、オンライン・コミュニティや、ソフトウェアを整理しラベリング(名付け)するための、芸術であり科学だ。さらには、デザイン、建築、情報科学の原理をデジタルな領域にもたらすことに注力する、新興の実践共同体である。 (Information architecture (IA) is the structural design of shared information environments; the art and science of organizing and labelling websites, intranets, online communities and software to support usability and findability; and an emerging community of practice focused on bringing principles of design, architecture and information science to the digital landscape.)
[via Wikipedia]

一方、産業技術大学院大学 情報アーキテクチャ専攻のカリキュラムは、こういう意味での「情報アーキテクチャ」とは程遠い。むしろ従来「ITアーキテクチャ」や「ソフトウェア・システム・アーキテクチャ」と呼ばれていたものだ2。ITエンジニアの文脈でITSS(ITスキル標準)に則るなら「ITアーキテクト」という確立された名前がある。なぜそれを使わないのか。

まあ、専攻名を変えろと言うつもりはない。きちんと看板通りに「情報アーキテクチャ」も教えればいいだけだ。カリキュラムに「情報デザイン」「図書館情報学」「ユーザビリティ工学」「認知心理学」「ワークショップ設計」「サービス・デザイン」などが入っていればいい。だいたい、いまどき大学院レベルのソフトウェア・エンジニアリング(≠コンピューター・サイエンス)のコースで、ソフトウェアの広義のデザインをやらないなんておかしいんだし。

こちらは World IA Day のようなグローバル・イベントを毎年開催しているようなグローバル・コミュニティなのだ。極東の一大学ごときに「情報アーキテクチャ」という言葉を乗っ取る権利はない。

  1. 産業技術大学院大学は2020年4月に東京都立産業技術大学院大学へ名称変更するそうだ。 

  2. 例えば『ソフトウェアシステムアーキテクチャ構築の原理』『ソフトウェアアーキテクトが知るべき97のこと』という本がある。