企業経営においてリソース配分が失敗する理由は、旧ソ連の計画経済が失敗した理由とよく似ています。人間の計画能力には限界があるのです。ならば「市場メカニズム」は有力なオルタナティブでしょう。
『オーガニゼーションズ 第2版』の表紙

私はセルフマネジメント・テクノロジー Zaという、社内取引を核としたマネジメント・システムを開発・運用しています。今回『オーガニゼーションズ 第2版—現代組織論の原典』(マーチ&サイモン著、高橋伸夫訳、2014年、ダイヤモンド社)を読みました。 企業内の意思決定の分権化と、価格メカニズムの関係 について、大変面白く、示唆的な論考がありましたので紹介します。

市場原理と価格メカニズム

アダム・スミスは、ご存知の通り、個々人が私利を追求することを通じて「神の見えざる手」が働き、経済全体でうまく資源が配分されるのだと説きました。そこでは「価格を通じた分権的意思決定」が重要な役割を果たしています。個々の売り手や買い手が、様々な思惑を「価格」に集約させて取引することによって、自然とうまい具合に資源が配分されたり、需要と供給がバランスしたり。

では、そのような価格メカニズムが組織内でうまく機能するためには何が必要でしょうか。やや唐突な問いかもしれませんので、すこし補足しておきます。「組織内で価格メカニズムを使う」とは、 部門間でやり取りされる仕事(の成果物)に値段をつけて取引する こと、つまり「社内取引制度」を意味します。

価格メカニズムが組織内でうまく機能する条件は何でしょうか。部門間で価格を通じた取引をすることによって、組織的意思決定の分権化がうまくいくためには、どのような条件が必要なのでしょうか。

計画論争

ここで参照すべき議論が、経済学史上の有名な「計画論争」です。計画経済と自由経済の優劣に関する20世紀前半の論争で、とくに自由経済派を代表した論者としてミーゼスとハイエクが知られています。

当時の時代状況を簡単に説明すると、ロシア革命を経て成立したソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)の経済成長が、西側諸国にとって脅威となっていました。計画論争よりはすこし後の話ですが、宇宙開発でソ連が先行した「スプートニク・ショック1」は象徴的な出来事です。経済・軍事・科学技術といった面でのソ連の存在感は、西側諸国にとって脅威であると同時に、一部の人々にとっては「羨望の対象」にもなっていました。

そのような時代状況にあって、資本主義経済体制の英米においても、「ソ連のような計画経済こそ最も優秀な経済運営方式であり、わが国も計画経済に移行すべきである2」といった議論が盛んになっていました。ソ連崩壊を知る私たちからすれば信じられない議論ですが、当時はまだ計画経済の行き詰まりが西側諸国の人々にとって明らかではなかったのです。

当時の計画経済派に対抗して「計画経済よりも市場経済のほうが優れている」と主張したミーゼスとハイエクの論理はシンプルでした。「人間の計画能力の現実的限界を所与とすれば、集権化より分権化システムがよく働く3」というものです。言い換えれば、「経済全体を最適化するための計算など、現実的には不可能だ」という主張です。

実際に経済全体を最適化しようと思ったら、どのような計算をしなければならないでしょうか。数百万社の企業と、数億人の国民について、それぞれの「必要・必需」や「希望・嗜好」を考慮に入れた上で、「どこで何を生産し、それを誰に与えるか」の最適解を計算しなければなりません4。その最適解を得るために必要な計算量はあまりに膨大であって、現実的には計算できないのです 5

余談ですが、現代の日本でも「官僚による計画の失敗」を実感できます。バター不足は農水省による「チーズの作らせ過ぎ」が原因(杉山大樹、ハーバービジネスオンライン、2014年12月25日)という記事では、「農水省の命令による計画生産、要するに社会主義政策」の失敗が批判されています。

社内取引制度

計画論争は国家経済レベルの議論でしたが、それは企業経営にどのような示唆を与えてくれるのでしょうか。それは「企業活動全体を最適化するための計算など、現実的には不可能だ」ということになるでしょう。

もうすこしわかりやすくいうと、(旧ソ連においてゴスプランの官僚たちが経済を計画したように)組織ピラミッドの上層にいるマネジャーたちだけで意思決定するよりも、(西側諸国の市場における自由な取引のように)全従業員に意思決定権を分権化するほうがうまくいくだろう ということです。

『オーガニゼーションズ 第2版』には、計画論争の「企業内計画にとっての意味」(p.257-258, 7.6 計画過程)という節があり、そこでは「企業内の意思決定の分権化と価格メカニズム」について、以下のことが述べられています。

第一に、企業内の意思決定の分権化がうまくいくためには、意思決定者を私利によって動機づけるメカニズム が必要です。例示されているのは(奨励金などと連動した)事業部門別のセグメント会計方式、要するに「部門別の独立採算制」です。

第二に、個々の部門が互いに独立し、大きな外部経済・外部不経済がないとき に、価格メカニズムは企業内の分権的意思決定に役立ちます。「外部経済」および「外部不経済」とは、意思決定の当事者以外に波及する「良い副作用」や「悪い副作用」のことです。逆に、こういった「副作用」があるときには、個々の部門から独立した「本部」による打ち手が重要になってきます6

第三に、価格メカニズムを企業内で使うためには、意思決定者にとってコストや利益を推定する手法が利用可能であり、かつ様々な代替手段をテストできる条件が整っている必要があります。単に価格を通じて取引するだけではダメで、適切な価格決定を可能にするための情報7と、多様な代替手段を探索する自由8が大事だということです。

第四に、どんな意思決定手法であっても、組織が真の「最適」になるわけではないので、ほどほどに「満足」な手法を探すべき だということです。人は新しい手法に対して懐疑的になりがちで、つい「できないこと」のあら探しをしてしまいがちです。しかし、そもそも「完璧」な手法などないのですから、「いまの手法より良いか?」「その手法で満足できるか?」と考えるべきなのです。

成果分配の公平性

『コーポレーションの進化多様性—集合認知・ガバナンス・制度』(青木昌彦著、谷口和弘訳、2011年、NTT出版)という本があります。比較制度分析の創始者である著者が、これからの企業組織の多様な可能性(進化多様性)を論じた本です。そこには次のようなことが書かれています。(p.vii, 日本語版序文の翻案)

最近のゲーム理論の成果によれば、組織成果の分配についての公平性(フェアネス)の概念が共有されていれば、「個々の組織参加者が、それぞれ個人的な物質的利得を追求するよう行動すること」は、「彼らが同一の目的(企業のチームとしての利益)を最大化すること」と同じです。つまり、「企業がチームとして成り立つこと」と、「個人が利己的な物質的利益を追求するという想定」とが矛盾しない社会的条件は、成果の分配方式が「公平」(フェア)だと信じられていること だと明らかにされたのです。

このことを、先ほどの『オーガニゼーションズ 第2版』の議論とあわせて考えてみると、企業組織内の意思決定の分権化のために価格メカニズムを用いるには、報酬制度の公平性(フェアネス)も重要だ ということが言えるでしょう。

ゼロベース株式会社の制度

手前味噌ではありますが、ゼロベース株式会社のセルフ・マネジメント・テクノロジーZaは、「企業組織内の意思決定の分権化のために価格メカニズムを用いるための制度的条件」をクリアしています。Zaを2008年からの6年間もの長きにわたって運用し続けられたのは、「たまたまゼロベース株式会社ではうまくいった」のではなくて、「経済学的・経営学的に正当化できるだけの理由があってうまくいった」のだと考えています。

マネジメント・テクノロジーZaは多くの組織に適用できるはずなので、これからZaを社会に広めていくつもりです。そこには二つの大きなチャレンジがあります。一つ目は「異なる業種での有効性を実証すること」であり、二つ目は「より大きな規模の組織での有効性を実証すること」です。そのための理論構築と、実証実験の準備に取り組んでいるところです。

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  1. 1957年にソ連は世界初の人工衛星スプートニク1号を打ち上げましたが、これを見たアメリカおよび西側諸国は「宇宙開発において私たちの先を行くほど、ソ連の科学技術力と国力は優れているのか!?」という衝撃を受けました。それを「スプートニク・ショック」といいます。 

  2. 『動物農場』や『1984年』で知られるジョージ・オーウェルは、このような全体主義的な言論を「ボルシェヴィキ・プロパガンダ」と呼んで批判しました。 

  3. 『オーガニゼーションズ 第2版』250ページ 

  4. 「最適解」が満たすべき条件は、「厚生経済学の基本定理」によって与えられるでしょう。 

  5. しかしコンピューターの計算能力は爆発的に向上し続けていますから、いずれ「経済計画計算」が可能になる日が来るかもしれません。これはSF文学のテーマとしては非常に面白いと思います。また、計算力の増大を背景として新しい「21世紀の社会主義」が登場し、どこかの国で「実験」を始めるかもしれませんね。そもそも社会主義はテクノロジーの進歩と不可分なイデオロギーですから、これからの人類史において何度も亡霊のように再来してくることでしょう。 

  6. 企業組織内の外部性に対処するための手段を、私たちは経済学から学ぶことができます。個々の部門から独立した「本部」が、外部経済の生じる活動(例えば社内勉強会)には「助成金」を出し、一方で外部不経済の生じる活動(例えば会議室の長時間占拠)には「課税」する、といった方策が考えられます。 

  7. 「適切な価格決定を可能にするための情報」とは、例えば「わが部門の人件費」のようなコスト情報や、「わが部門が社内に提供しているサービスは、社外の市場においていくらで売買されているのか」といった相場情報など、無数の情報からなるでしょう。 

  8. 「多様な代替手段を探索する自由」とは、例えば「本部が取引を強制せず、当事者部門間の自由な取引に任せる」といったことや、「社内に適当な取引相手がいなければ、個々の部門は自由に社外と取引してよい」といったことを意味します。