建築家の歴史と情報建築家の未来

on 2014-04-25 (2 years ago) by 石橋秀仁


リチャード・S・ワーマンのポートレイト 撮影:Melissa Mahoney 出典:ウィキメディア・コモンズ

概要

情報建築家(インフォメーション・アーキテクト)は、どこから来て、どこへ向かうのか。建築家の歴史を辿りつつ考えました。

建築家は、デザインの総合に取り組む、社会的に重要な職業と見なされてきた

情報建築家のルーツである「建築家」について、まずは基本的なことを確認しておきます。

建築家という職業は、人間の生活環境を構想・提案・設計する職業として成立してきました。近代的なデザイン教育の発祥である、バウハウスやウルム造形大学のカリキュラムを見てみましょう。最終目標である「総合芸術としての建築」のためにデザイン教育カリキュラムが組織されています。細分化されたデザイン領域は「建築」として総合されるのです (向井2009)。

中央に「建築」と書かれた同心円状の図解
ヴァルター・グロピウスによるヴァイマール・バウハウスの構成図の日本語訳(『バウハウス--芸術教育の革命と実践』展示図録、川崎市市民ミュージアム、1994年、23頁)
中央に BAU と書かれた同心円状の図解
バウハウスの教育カリキュラムの構造図 (Bauhaus Archive / Museum of Design, Berlin)

20世紀を代表する建築家たちの実践も振り返ってみましょう。たとえば、ル・コルビュジエやミース・ファン・デル・ローエやフランク・ロイド・ライト。彼らは建物だけでなく、その中で使われる家具もデザインしました。人間の生活環境を総合的にデザインしたわけです。

日本建築学会編『建築論事典』から「建築家」の頁を紐解いてみましょう:

建築の設計を専門とする芸術家、あるいは技術者を示す語である。建築家という呼称は、明治以降 “architect” の訳語として用いられるようになったもので、建設工事を専門とする技術者とは区別して、設計のみを行う芸術家であり、設計する建築物が社会的に重要な建築物であることからして、社会の指導的地位とそれに伴う責任と尊敬の与えられる職能という意味も込めて用いられてきた。その場合の建築家とは、営利を目的とせず、専門的能力によって社会に奉仕する職業であり、会社や官庁などの組織に属するのではなく、自己の判断と責任において行動できる自立した個人であることが重要な条件とされた。欧米において建築家が、医師、弁護士と並んで社会を支える三つの基本的職能 (profession)、すなわち営利を目的とせず、自分の専門的能力によって社会に奉仕する自立した個人と見なされ、尊敬を集めるのは、こうした考え方が社会の一般的認識として存在していたからである。 (日本建築学会2008) 〔引用註:強調は筆者による〕

建築家は社会を支える基本的職能です。人々の生活空間を形作る、重要な仕事です。

元祖「情報建築家」のリチャード・ソール・ワーマンは人々の情報不安症に立ち向かった

20世紀も後半に入ると、「情報化時代」という言葉が使われるようになってきます。つまり、人々の「生活環境」を形作る重要な要素として「情報」が浮上してきたのです。

情報爆発によって、新たな不安を感じる人々が登場しました。「あれも知らなければならない」「これも知らなければならない」「知らなければならないことが多すぎて、押しつぶされそうだ」と感じる人々です。彼らの心のありようを「情報不安症」と名付け、同名の書籍を著した人物がいます。リチャード・ソール・ワーマンです。 (ワーマン1990)

リチャード・ソール・ワーマンは「情報建築家」 (information architect) という言葉を提案し、自ら名乗った最初の人物とされています。1976年、アメリカ建築家協会のカンファレンスでチェア(議長・座長)を勤めたワーマンは、そのテーマに「情報の建築」を選びました。これが “information architect” という概念の登場とされています (Resmini 2013 1, Wyllys 2000 2)。

ワーマンは当初、普通の意味の「建築家」、つまり建築教育を受けて、建物を設計する建築家でした。そこから転じて、「情報建築家」を名乗るようになりました。インターネット登場以前の1970年代、すでに「情報爆発」が人々の生活を脅かしてた時代のことです。ワーマンは情報爆発の問題に、情報デザインの力で立ち向かう必要があると考えました。

それにしても、なぜ、「建築家」が情報デザイン分野に乗り出していったのでしょうか。それは、人々の生活環境を形作る重要な要素として、もはや「情報」が無視できなくなってきたからだ、というのが私の解釈です。これはいかにも建築家の問題意識だと思います。(詳しくは後ほどル・コルビュジエと比較しつつ説明します)

情報建築家としてのワーマンのキャリアを見てみると、「情報デザイナー」や「編集者」とも言えるような仕事にあふれています。ごく一部を紹介すると、

  • 世界中の都市の観光ガイド「Access」シリーズの編集
  • 一冊でアメリカ合衆国の全体像がつかめるようなインフォグラフィックやデータ・ビジュアライゼーション満載の『Understanding』の編集 3
  • 「広める価値のあるアイデア」 (Ideas worth spreading) のみを厳選して魅力的なプレゼンテーションで伝えるカンファレンス・イベント「TED」のプロデュース

などがワーマンの「作品」です。TEDはNHKの「スーパープレゼンテーション」というテレビ番組にもなりましたので、日本でも広く知られていることかと思います。彼は自分の仕事を「理解のデザイン」だと説明します。情報建築家は「理解のデザイナー」だというのです。たしかに彼の「作品」は物事の理解を助けます。

ワーマンとコルビュジエを重ねてみる

ワーマンの活動は、次に紹介するル・コルビュジエの活動に似ています。ワーマンのデザイン対象が情報的建築なのに対して、コルビュジエのデザイン対象は物質的建築でした。その違いはあれども、どちらも「生活環境の危機が明らかになってきた時代に、建築家として解決策を提出した」という点が似ている。私にはそう思えます。

代表的建築家のル・コルビュジエは、人々の不満が革命につながると考え、人々の生活環境を改善しなければならないと考えた

コルビュジエは、労働者に健康的・衛生的な住居を提供したいと考え、『建築へ』『輝く都市』『アテネ憲章』などを書き、その概念を世界中に広めました。なぜでしょうか。コルビュジエは、「労働者の劣悪な生活環境を放置していては、社会が破綻する」と考えたのです。当時、急激に工業化が進み、社会には大きな歪みが生じていました。その一つが労働者の生活環境です。長時間労働に、粗雑な住居。工場労働者の生活水準は、「人間的」と呼べる基準をはるかに下回っていたのです。

『アテネ憲章』は1933年の近代建築国際会議 (CIAM) で採択されました。その結文は「革命は避けられるのだ」という言葉になっています (コルビュジェ1976)。「革命」とは、もちろん共産主義革命のことです。労働者の生活環境が悪化していた時代、その流れを放置していれば、いずれ労働者の不満が爆発し、共産主義革命がここでも起こるぞ、という危機意識があったのです。

このように、コルビュジエは人々の生活環境の問題を解決しようとしました。一方、ワーマンは情報化時代において、情報爆発状態という不健全な情報環境を問題視し、その解決に取り組みました。人間の生活環境が危機を迎えた時代に傑出した建築家が現れ、新たな生活環境の理念を提案してきた。そういう歴史があります。 4

建築家の歴史の延長に情報建築家を位置づける

コルビュジエのような建築家たちの歴史の延長に、ワーマンという情報建築家がいます。その延長に、現代の情報建築家も位置づけたいと思います。それは「設計する建築物が社会的に重要な建築物であること」 (日本建築学会2008) の自覚から始まると思います。

情報社会論と〈アーキテクチャ〉論の広まり

情報建築家にとって重要な課題があります。それは〈アーキテクチャ〉です。「アーキテクトなんだから、当たり前だろう」と思われるかもしれませんが、もう少し説明させてください。

情報社会論に〈アーキテクチャ〉という専門用語があります。これはどちらかというと建物のような意味での「建築」ではなく、「ソフトウェア・アーキテクチャ」の意味で2000年前後に使われ始めました。その意味はどんどん抽象的になり、最近は「人間の行動を特定の方向へ誘導したり、逆に特定の行動を規制したりする環境装置」といった意味で使われています。

そのような〈アーキテクチャ論〉を拓いたのはローレンス・レッシグの『CODE』です。情報社会論における最重要文献と言えるでしょう (レッシグ1999)。「コンピューター・ソフトウェア(コード)によって実装された〈アーキテクチャ〉が、いかに人々の行動を支配するか」という問題を提起した本です。現在はバージョンアップして『CODE VERSION 2.0』になっています。

情報建築家にとってレッシグ的〈アーキテクチャ〉論は重要です。というのも、情報社会に関心を持っている様々な分野の専門家たち 5 の多くが、レッシグ的な〈アーキテクチャ〉の概念を知っています。ということは、それを共通言語として対話できるわけです。

情報建築家が果たす説明責任

情報建築の社会的影響は年々増しています。情報建築家は情報建築への説明責任を負います。そのようにして情報建築家は「設計する建築物が社会的に重要な建築物であることからして、社会の指導的地位とそれに伴う責任と尊敬の与えられる職能」 (日本建築学会2008) として社会の中で認められていくはずです。

例えば、ベビーシッター募集サイト「シッターズネット」で起こった事件について、どのようにすれば再発を防止できるでしょうか。単に法で規制するのではなく、利便性と安全性の両立を考えるほうが有意義です。さらには、ベビーシッターという領域に限らず、もっと抽象的に「マッチングサイト」全般に共通する問題を一気に解決する方法はないでしょうか。こういった議論はたいへん有意義で、社会の期待に応えるものだと思います。(私自身は本件にコミットできていませんが…)

何か情報建築に関する事件が起こると、法規制を求める声が高まります。しかし、法規制の多い社会は、不自由な社会です (國分2013)。レッシグは「法」以外にも「規範」「市場」「アーキテクチャ」によって人々の行動を規制できると説きました。ですから、社会問題の解決策を模索するときには、法だけでもなければ、アーキテクチャだけでもなく、4つの要素を組み合わせて総合的に議論していく必要があります。そこで情報建築家にできる貢献は、アーキテクチャを設計する能力や経験に裏打ちされた、言論や実践です。

情報建築家は未来の社会において重要な位置を占める

「夢」と笑われてしまうかもしれませんが、私は未来の情報建築家を以下のようにイメージしています:

未来の社会においては、情報建築家が社会に確固たる位置を占めていることでしょう。情報建築家はその重要性と有用性から、活躍の場を広げているはずです。民間企業だけでなく、政府のCIO補佐官として働く人や、議員としてICT政策にコミットする人もいるはずです。情報建築家の認定制度が設立され、公共情報建築の入札要件にその資格が求められるようになっているはずです。情報建築家への需要の高まりによって、専門的な教育訓練機関が設立されているはずです。

つまり、未来の社会においては情報建築家という社会制度が確立しているはずです。社会の役に立ち、社会に必要とされ、社会に欠くべからざるものになったとき、情報建築家は社会制度になるのだと考えています。

あとがき

情報建築家の自覚を持つ人が一人でも多く世に現れ、よりよい情報社会が実現するよう願いつつ、この文章を終わります。

付録:これから建築論を読み始める方へ

もし建築家の文章を読んだことがなければ、まずは読みやすいコラムなどをお勧めします。染谷正弘氏によるasahi.com「住まいのお役立ちコラム」です:

また、『現代建築の軌跡―建築と都市をつなぐ思想と手法』という本もおすすめします。15人の建築家のインタビューが載っているので、様々な考え方に触れることができます。そのうえ、充実した脚注は建築論や建築史を学ぶ手がかりになるはずです。

参考文献

  • Resmini, A. (2013), The Architecture of Information, http://andrearesmini.com/blog/the-architecture-of-information.
  • Wurman, R. S. and Bradford, P. (1995), Information Architects, Graphis Press, Switzerland, ISBN:3857094583.
  • Wyllys, R. E. (2000), Information Architecture, https://www.ischool.utexas.edu/~l38613dw/readings/InfoArchitecture.html.
  • 國分 功一郎 (2013), 来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題, 幻冬舎新書, ISBN:4344983165.
  • ル・コルビュジェ (1976), アテネ憲章, 鹿島出版会, ISBN:4306051021.
  • 日本建築学会 (2008), 建築論事典, 彰国社, ISBN:4395100368.
  • 向井周太郎 (2009), デザイン学 : 思索のコンステレーション, 武蔵野美術大学出版局, ISBN:4901631907.
  • ワーマン, リチャード・S. (2001), それは「情報」ではない。―無情報爆発時代を生き抜くためのコミュニケーション・デザイン, エムディエヌコーポレーション, ISBN:4844356097.

最終更新日:2015年1月16日

  1. A modern formulation arrives with Richard Saul Wurman in the 1970s: Louis Kahn’s ex-protégé brings information architecture to the American Institute of Architects (AIA), and calls himself an information architect. “I don’t mean a bricks and mortar architect. I mean architect as used in the words architect of foreign policy. I mean architect as in the creating of systemic, structural, and orderly principles to make something work – the thoughtful making of either artifact, or idea, or policy” (Wurman, 1997). Roughly forty years later, Wurman still stands by his definition (VanPatter, 2005). (Resmini 2013)

  2. In 1976 Wurman served as the chair of the national conference of the American Institute of Architects (AIA) and chose as “The Architecture of Information” as the conference theme. It is a curious historical coincidence that the AIA held a conference with this theme just 100 years after the first meeting of the American Library Association. He developed the following definition: “information architect. 1) the individual who organizes the patterns inherent in data, making the complex clear. 2) a person who creates the structure or map of information which allows others to find their personal paths to knowledge. 3) the emerging 21st century professional occupation addressing the needs of the age focused upon clarity, human understanding, and the science of the organization of information.” (Wyllys 2000)

  3. 表紙のタイポグラフィでは、スペル中の “U” と “S” と “A” が浮かび上がるようにハイライトされています

  4. もちろんコルビュジエの思想と実践については毀誉褒貶があります。ワーマンの仕事もいずれ歴史的観点から批判的に評価されるべきです。

  5. レッシグ的〈アーキテクチャ〉論について語っている学者の例として、社会学者、経済学者、法学者、哲学者などを挙げることができます。