ブログの作文について 短く書けばいいというものではない

on 2013-04-19 (4 years ago) by 石橋秀仁

むかしは「みんな忙しいから、なるべく文字数を減らして、圧縮して書くほうが、読んでもらいやすいはずだ」と思っていました。しかし、それでは「スラスラ」と読めない文章になってしまうことに気付きました。

情報の「圧縮率」を上げると、専門用語が増えます。同じような文章を繰り返さないから、読者は一文一文をじっくり解釈しなければならなくなります。読書の「負荷」が高くなります。

情報の「圧縮率」を上げれば上げるほど、「圧縮された情報を展開」するための処理時間が必要になるのです。「圧縮率」の高い文章を書く目的は「忙しい人にも読んでもらう」ことだったのに、本末転倒でした。

したがって、多くの人に届けたい文章を書くときには、「文字数」よりも「流れるように読めること」を心がけて書くようになりました。

そういう文章を書くためには、多くの時間が必要です。何度も何度も推敲しなければならないからです。こればかりは仕方がありません。読者の時間を節約するために、たくさんの「情報処理」を引き受けるということなのですから。

ちなみに、情報の「圧縮率」が高すぎて読みにくい文章の最高峰が、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』だと思っています(笑)

今後も作文に精進してきたいと思います。言葉を上手く使えるということは、それだけで素晴らしいことです。

私は高専で理系の勉強しかしてきませんでした。いまは人文知の重要性を痛感しています。「やり忘れた宿題」を残したままでは、どこか引け目を感じてしまうものです。こつこつと、こなしていくしかないのです。そうして少しずつ言葉を上手く使えるようになっていきたいものです。

(『なぜ “Designing in the browser” ワークフローへの移行が必要なのか』を書いた日に)

追記

いまの私が理想としている文章をひとことで言えば「長いけれどスラスラ読める」ような文章です。

今日のブログエントリ(なぜ “Designing in the browser” ワークフローへの移行が必要なのか)では手応えがありました。この書き方なら、抽象的・原理的かつ実務的でもあるような複雑な話が、多くの人に読んでもらえるのかと。ちょっと驚いて、文章の可能性を感じました。

とても詳しい解説で、参考になりました:黒tobiの黒々日記 - 第2章  3 一文の長さ――「短く書け」を徹底すると稚拙な文章になる