World IA Day Fukuoka 2020 で美術館の新たなサービスを発想するワークショップを実施しました 来るべきユーザーのためのインクルーシブ・デザイン試論 #WIAD_Fukuoka

on 2020-01-28 by 石橋秀仁 (Hide Ishi)

[2020年4月1日更新:イベントの実施記録と、ワークショップ設計の理論面を追記しました]

World IA Day のロゴ

World IA Day

World IA Day は2012年に始まった情報アーキテクチャ(IA)のグローバル・イベントです。2020年は ‘The IA Element’ (情報アーキテクチャの要素)というグローバル・テーマで、2月22日土曜日に世界中61都市でイベントが開催されました。

一例として、 World IA Day Toronto 2020 の様子を伝えるツイートをご紹介しましょう:

https://twitter.com/ruxia68/status/1231243516744880128?s=21

Summer Z on Twitter

““IA is missing from UX and Product.” I also noticed this is common in most of the workplaces, ppl only talk about visual designs until 1 true UX or IA person come to separate the structure. UX designers plz learn it🤓@ShopifyUX @biggeidea #WIAD2020 #WIAD2020Toronto #TheIAElement”

“IA is missing from UX and Product.” I also noticed this is common in most of the workplaces, ppl only talk about visual designs until 1 true UX or IA person come to separate the structure. UX designers plz learn it🤓

(訳:「UXやプロダクトの分野からIA(情報アーキテクチャ)が失われている」 これは多くの職場で散見される。真のUXかIAの人がやって来て構造を切り分けるまで、人々はしきりにビジュアル・デザインの話ばかりしている。UXデザイナーの人にはぜひ学んでほしい)

このように、世界中のIA(情報アーキテクチャ)コミュニティで、様々なメッセージが発信されています。Twitterのグローバル・ハッシュタグ #WIAD2020#TheIAElement を見れば、その様子が感じられるでしょう。

World IA Day Fukuoka

World IA Day の福岡支部 World IA Day Fukuoka を立ち上げ、 World IA Day Fukuoka 2020 を開催しました。

グローバル・テーマ ‘The IA Element’ を受けて、ローカル・テーマを ‘Information Alchemist’ (情報錬金術師)としました:

私たちは様々な情報を集めてきては、分解したり、結合したりする。それによって、より高い価値を持つ情報を生み出す。

イベント当日はYouTube Live中継を行いました。その録画は6時間に及びます。それを編集して2時間45分に短縮した動画をYouTubeで公開しています:

公式Twitterアカウントは @WIAD_Fukuoka、ローカル・ハッシュタグは #WIAD_Fukuoka です。イベント当日のツイートを見ることができます。

ここからは、イベントの内容を具体的に紹介していきます。

基調講演

冒頭の基調講演は大橋正司さんにお願いしました。このイベントを企画しているタイミングで、ちょうど大橋さんの「日本の美術館サイトはどうすればもっと良くなるか」という文章が話題になっていました。その文章を私なりに要約しておきます:

これまでウェブサイトは美術館の広報機能の一端として捉えられてきた。そのようにウェブサイトの機能が矮小化されてきたことには、ウェブサイト制作を受注してきた私たちウェブ業界側の責任もある。私たちは美術館界のデザイン投資を活かすことができなかった。この状況から脱するには、「美術館というサービスをデジタル技術を使って定義し直すこと」に取り組まなければならない。そのために必要なのは「ミュージアムのDX戦略を実行できる業務知識を持ったウェブ人材」である。もし今後、美術館のウェブ機能を強化しようと本当に思うのであれば、サービスデザインができる人材が普段から歩み寄る他はない。

これを踏まえた大橋さんの基調講演 ‘Elements of Imagination’ (想像力の要素)は、来るべき「第四世代の美術館」の可能性を探究する内容でした。

スライド59

(※引用注:「第四世代の美術館」は)これまで美術館に接続できなかった人たちへの福音でもあるべきです。これまでの美術館をふくむ公共空間が、どれだけ限られた人のためのものであったかを考える必要があります。子連れのお子さん、障害者、様々な予期せぬディサビリティを持つ瞬間、あるいは外国の方、多様なアクティビティに、今の美術館は耐えられるでしょうか。

スライド66

(※引用注:「美術館はあらゆるところに偏在する」 ‘GLAM Anywhere’ というコンセプトの説明として)

  • 様々な場に出ていき、リアルとデジタルが融合した世界での人々の営みを多面的に支援すること。
  • 情報の真正(信頼性)と民間では保証しきれない情報の多様性を継続的に担保すること
  • 多様な意見を安全に表明し続ける場を保証すること

これらのはてに、私達の新しいアウラが生み出されていくのです。それこそが新しい美術館の可能性です。

また、イベントから約3週間後の3月15日、Artscapeに大橋さんの「ミュージアム・ロストが起動させた“第四世代の美術館”:デジタルアーカイブスタディ」という文章が掲載されました。基調講演の内容と重なりつつ、より掘り下げた内容になっています。「美術館を『センター(中心)』から解き放つ」と題した節では、 World IA Day Fukuoka 2020 のワークショップにも通じることが論じられています。この記事と基調講演の内容を合わせて、私なりに短く要約しておきます:

多様なユーザー、多様な利用場所、多様な利用状況、多様な利用目的に向けて、美術館のコンテンツやサービスを開いていく必要がある。そのためには、デジタル技術を使って、サービスやコンテンツのアクセシビリティを極力高めなければならない。また、多様で自由なアートの空間が、無秩序に陥ることなく、自生的な秩序を自ら作り出しつつ健全に発展するためには、信頼できる情報センターが必要になる。来るべき「第四世代の美術館」は、そのように自由なアートの空間を可能にするプラットフォームになる。

このような「第四世代の美術館」のコンセプトを基調として、今回のワークショップは実施されました。

ワークショップ

多様な利用者による様々な美術館利用をすべて肯定できるようなインクルーシブ(包摂的)なサービスのあり方を考えてもらいたいと思いました。そのような狙いでカード・ゲーム型の発想ワークショップを設計しました。

World IA Day Fukuoka 2020 のワークショップで用いる予定だったカード・デッキ

当初はカード・デッキを用いて福岡アジア美術館で開催する予定でした。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大が懸念される状況となり、急遽オンラインでの開催に切り替えました(もともと現地会場とオンラインの両方でワークショップを実施するつもりではありました)。オンライン会議システムのZoomとオンライン・ホワイトボードのMiroを用いたオンライン版を用意しました。

ワークショップの概要はガイダンスの映像(1:06:16)をご覧頂くのが分かりやすいかと思いますが、簡単に説明しておきましょう。「以下の5種類のカードを組み合わせて、美術館のサービスを利用するストーリーを作ってください」というワークです。カードは「条件」「主体」「活動」「対象」「価値」の5種類に分かれています。好きなカードを選んで組み合わせてもいいし、ランダムに引いたカードを組み合わせてもいい、というものです。参加者には「最終成果物の優劣を競うのではなく、各自で有益な気付きを持ち帰って頂くことが目的です」とお伝えしました。

World IA Day Fukuoka 2020 のワークショップで用いたMiroホワイトボードのテンプレート(※画像をクリックでPDF版へ)

ワークショップの途中で、大橋さんが東京富士美術館から提供して頂いた資料を紹介して下さいました。作品や展覧会のデータベースは、情報アーキテクチャの観点から興味深いものでした。その様子は動画(1:28:13)でご覧頂けます。

ワークショップの最終的な成果物(Miroホワイトボード)は下記の通りです:

ルーム1の成果物(※画像をクリックでPDF版へ)

ルーム2の成果物(※画像をクリックでPDF版へ)

ルーム3の成果物(※画像をクリックでPDF版へ)

ルーム4の成果物(※画像をクリックでPDF版へ)

すべての成果物を整理したもの(※画像をクリックでPDF版へ)

なお、口頭発表(中間報告2回と成果報告の計3回)の様子も動画でご覧頂けます。

イベントを通してネットワークやソフトウェアのトラブルにも見舞われましたが、なんとか無事にやり遂げることができました。参加者やボランティア・スタッフの皆様のご協力のおかげです。いいワークショップになったのではないかと思います。 World IA Day Fukuoka は来年以降も開催していきたいと考えています。どうぞお楽しみに。

(以下は理論編です)

来るべきユーザーのためのデザイン

このワークショップを設計する上で考慮した理論的な事柄を紹介しておきます。それによって、このようなワークショップを実施することの意義や、その成果物を用いたデザインを実践するヒントが伝わることを希望します。

(※お断り:今回のワークショップの成果物をもとに具体的なデザインを実践することは想定していません。そもそも今回のワークショップは、ある特定のプロジェクトのために実施されたものではありません。メンバーは特定の目的のために集結したわけでもありません。「立派な成果物を作ること」ではなく「各自が有益な気付きを得られること」を目的としてワークショップを設計しました。したがって、今回のワークショップ設計と下記の説明との間には少し差異があります)

今回のワークショップ設計において意識したことの一番目は、オブジェクト指向ユーザー・インターフェース(OOUI)の議論です。昨年の World IA Day Tokyo 2019 のテーマでもあります。そのイベントで上野学氏は「OOUIの目当て」という講演をしました。「タスク」ではなく「オブジェクト」を中心としたUI設計の方法論です。今回のワークショップには「対象」(オブジェクト)というカードが登場します。様々なオブジェクトの「想定外」な使われ方を想像してもらう意図です。ここで新たなオブジェクトを発明するようなアイデアが出れば、望外の収穫といえます。

また、ドナルド・ノーマン教授による「有害とみなされる人間中心デザイン」の議論も念頭にありました。細かい「タスク」ではなく、より高次のまとまりである「活動」(アクション)を中心とする活動中心デザイン(ACD)の考え方です。このワークショップに登場する「活動」カードがそれです。

このワークショップのポイントは、多様な「オブジェクト」と「活動」の組み合わせとして、様々なユーザー・ストーリーを考えてもらうことです。カードをランダムに引けば、強制的に意外な組み合わせについて考えさせられることになります。それがオブジェクトの利用の幅を広げることになるはずです。

例えば、「出品リスト」と「研究」というカードから何を発想できるでしょうか。展覧会の出品リストや図録に掲載されているフロア・マップを大量に集め、画像分析した研究論文が出てくるかもしれません。そういう多様な活動がありえるのだと気付けたら、様々な情報をウェブで公開することの意義も再認識されるはずです。

ユーザー・ストーリーは、その経験を通じてユーザーが得る価値も含むことで、より具体的になります。したがって「価値」カードも用意しました。もちろん、参加者がその場で考えた「価値」の言葉を白紙カードに書き込んでもらっても構いません。

まだ足りません。人は具体的なユーザー像を想定せずにストーリーを膨らませることができません(主人公の人物像がまったく分からないまま読まされる小説を想像してみてください)。そこで、ユーザー像を表す「条件」と「主体」のカードも組み合わせます。

ここで質問ですが、「美術館のユーザー」として、どんな人々を想像するでしょうか?その想像は、社会の多様性を十分に反映しているでしょうか?私たちの想像力には限界があります。その限界を突破し、あらゆるユーザーを受け入れるインクルーシブ・デザインを目指さなければなりません。美術館は万人に向けて公的なサービスを提供する機関なのですから。

ですから、「条件」と「主体」のカードには、いわゆる社会的弱者やマイノリティを示すキーワードをたくさん書き込みました。それらのカードをランダムに引いて組み合わせれば、自ずとインクルーシブなサービスを発想できるはずです。もちろん、カードは好きなだけ増やすこともできますし、実際に様々な当事者の人にリサーチしたり、このワークショップに参加してもらったりするのも有益でしょう。

現在主流の「人間中心デザイン」や「ペルソナ」というアプローチの再検討も必要です。普通のやり方なら、インクルーシブ・デザインを実践するためには、多様な想定ユーザー像(ペルソナ)を定義することになるでしょう。しかし、それでは上手くいかないと考えています。ペルソナが多すぎて。一般的にペルソナは1つ、多くても5つくらいまでに抑えるものだとされているはずです。

そもそもペルソナは想定ユーザー像に優先順位をつけるためのものです。最優先ペルソナ(プライマリー・ペルソナ)を定義するのが定石ですから。ならばペルソナは排除的な性質を持っていると言えます。包摂的であるべき公共サービスのデザインとは相性が悪いでしょう。

事業者にとって「無駄」なユーザーを切り捨てることは、ビジネス上は有利かもしれませんが、美術館のような公共的サービスには向きません。美術館のプライマリー・ペルソナを定義してはいけません。ペルソナに優先順位をつけてはいけないのです。美術館は万人が利用できなければならないのですから。

ペルソナに優先順位をつけてはいけません。かといって、ペルソナを無数に作ってもいけません。困ってしまいましたね。どうすれば多様なユーザーのためにデザインできるのでしょうか。

そもそも特定のユーザー像を中心におくデザイン手法そのものを疑う必要が出てきました。そこで有効なのが、オブジェクト指向や活動中心といったアプローチです。それらは人間を中心としないデザインですから。もちろん、それらのアプローチでもユーザー理解は重要です。UXリサーチもします。しかし、デザイン・プロセスの中心にいるのは、人間(ユーザー)ではなくオブジェクトです。

すべての人間のためにデザインしたかったら、デザインの中心に人間をおいてはならない。それが現時点の私の考えです。

具体的にどうするかというと、ユーザー・ストーリーからオブジェクトや活動を抽出するのです。そのやり方はSophia Voychehovski氏の「オブジェクト指向UX」という記事で説明されています。その後の進め方はオブジェクト指向アプローチの定石通りです。重要なのは、オブジェクトと活動の本質を深く理解しようと努めることです。

インクルーシブなデザインとは、まだそれを利用したことがない人々(ノン・ユーザー)のためのデザインです。来るべきユーザーのために、あらかじめ様々な使われ方(活動)を想定し、オブジェクトにアクセスしやすいようデザインしておきましょう。そう、アクセシビリティも大事です。

「特定のユーザーを想定したデザイン」から「あらゆるユーザーを想定したデザイン」へ。さらにその先の「想定外のユーザーをも受け入れるデザイン」へ。それがインクルーシブ・デザインの理想だと考えています。

私は昨年「オブジェクト指向のハードコア」というワークショップで「無前提性」を論じました。無前提性とは、ユーザーについての前提をおかないこと、つまり「想定外のユーザーをも受け入れるデザイン」のことです。それを可能にするのがオブジェクト指向です。

ウェブ・コンテンツ・アクセシビリティ・ガイドライン(WCAG)の抽象的な記述には、多くの実務家が口を揃えて不平を漏らします。抽象的すぎて実務に役立てにくいのだと。しかし、それも「来るべきユーザーのため」に書かれていると考えれば理解できます。まだ存在しないユーザーの姿を具体的に書くことはできませんから。WCAGは「無前提性」を指向したガイドラインになっていると言えるでしょう。

来るべきユーザーのためのデザイン。未知の他者のためのデザイン。それは交換ではなく贈与の論理です。資本主義の論理の外に出てデザインすることです。それは祈りにも似ています。「オブジェクト」や「コンテンツ」や「サービス」などと呼ばれるそれが、必要とするすべての人に届きますようにと。

こういう考えで今回のワークショップを設計しました。情報アーキテクトとして。そして、いちアートファンとして。

石橋秀仁